子どもの親孝行って3歳までで7割が終了ってほんと?

どうも、カズーぽんです。

今日は「子どもの親孝行って3歳までで7割が終了してしまうのか」ということについて、考えてみたいと思います。

前日、職場の上司に割と真剣な感じで言われました。

その方は今年度で60歳定年を迎える方で、大学生の息子さんがいます。

飲み会の場で、私が3歳と1歳半の子ども話をしている際に、唐突にその上司が言いました。

「子どもの親孝行って3歳までで7割くらい終わっちゃうんだよねー」

この説が正しければ、もうすぐ4歳になる長女はすでに親孝行の大半が終わってしまっていることになります。

そんな馬鹿な!

お互いに健康でいれば、あと50年くらいは親と子の関係でいられるのに、すでに4歳にして親孝行の大半が終わってしまっているなんて・・・

そんな馬鹿な!!

あんなかわいい子どもが、もうほとんど親孝行してくれないなんて・・・

そんな馬鹿な!!!

真面目に受け取ったら、何か絶望しますよね。

よく周りから

「3歳くらいまでは可愛かったわねー」とか

「急に生意気になってくるのよー」とか

そんな感じのことをよく言われます。

きっと上司もそういう意味で、そのかわいい時期がとても幸せな時期だからこそ、その時期が過ぎると親孝行の大半が終わってしまうってことを言いたかったんでしょう。

でも、実際どうなんでしょうね。

こればっかりは人生が終わってみないとわからないし、人によって親孝行の感じ方も当然違うでしょうからね。

親孝行についてのことわざを検索すると

孝行のしたい時分に親はなし

親の気持ちがわかるような年になって孝行がしたいと思っても、もう親はいない。親の生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することが多いということ。

石に布団は着せられず

墓石に布団をかけてもむだである。親の生きているうちに孝行をしておかなければ、その死後に後悔をしてもまにあわない。孝行をしたいときには親はなし。

子養わんと欲すれども親待たず

親が元気なうちに孝行しなさいということを伝えることわざ。親の面倒をみられる年齢になって親孝行しようと思っても、親はそれを待ってはくれずこの世を去ってしまうことから。

親孝行と火の用心は灰にならぬ前

親孝行は親の生きているうちに、また、火の用心は火事になる前にしなければならないということ。親が死んで焼いた灰と、火事で焼けたあとの灰を重ねて使ったことば。

たまたまなのかもしれませんが、わりとマイナス的なことわざが多いように思いました。

そして、これらのことわざを見ると、親孝行って結局達成できないことがほとんどなんだと思います。

子どもの存在は、すでにその存在そのものが親孝行みたいなものですが、子どもは親を喜ばせたいからこの世に存在しているわけではないし、親孝行を意識しているわけではないので、本人(子)にとっては当然、親孝行してる感はないでしょう。

そもそも、親に対して何をしてあげることが親孝行なんでしょうか?

これも検索してみると、結婚や孫の顔を見せてあげるとか、旅行に連れていくことなどが上位に挙げられています。

私は幸い、結婚をして子どももいます。
この前、親を連れてハワイに行きました。

とりあえずは、親孝行ができているようです。

自分も、子どもの親であると同時に、親の子でもあります。

ことわざのような後悔がないように、親と過ごす時間を大切にしたいと思います。

また、子どもと過ごす毎日のその瞬間を大切にしていきたいと思います。

飲み会での上司の何気ない一言から、改めて親孝行について考えさせられた出来事でした。

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